髭スーツ男

外国人はなぜ髭を伸ばし放題なのか

髭を生やす外国人、髭を嫌う日本人

日本人と違って、髭を生やしている外国人は非常に多い。

なぜだろうか?

髭と言えば、不衛生や不潔の象徴のはずだ。
この日本においては、髭を生やしている=不審者と思われてもおかしくないほどである。

社会人にとって、髭をきっちり剃りツルツルにするのが世間一般のマナー。
無精髭を生やしていようものなら、人間性を疑われかねない。

一方、外国人は、ビジネスマンであっても髭を生やしていることが多い。
もさもさと髭を生やしたスポーツ選手も珍しくない。

どうしてこうも髭に対する認識が異なるのだろう。

外国人が髭を生やす理由と日本人が髭を生やさない理由を考えてみた。

外国人が髭を生やすのは…

髭似合う外国人

    1. 単純に似合うから
    2. 髭=男らしさ、という等式が受け入れられている
    3. 髭を嫌悪する文化がない
    4. 宗教的な理由

(日本人にとっては残念ながら)1の「単純に似合うから」が一番しっくりくるような気がする。

堀が深く鼻が高い外国人が髭を生やすと、とても様になる。
バックに夕日でもあれば、すぐさま映画のワンシーンに早変わりしてしまうほどだ。

男に髭は当然生えるもの。
だから、生やしている。

こんな感じだろう。
そこに何の違和感もない。
ごく普通のことなのだ。

しかし、日本にこの考えは存在しない。

それはおそらく、日本人には髭が似合わないからである。
日本人と髭はおそろしくミスマッチな存在だからである。

もちろん、中には髭が似合う日本人もいる。
だが、一般的(平均的)な日本人の男が髭を生やすと、まるで噛み合わない。
髭と人間部分が乖離しているような印象さえ受ける。

日本人の男にとっては屈辱的であるが、髭が単純に似合わないから、日本では髭が受け入れられていないのだと思う。

多くの日本人が髭の似合う人種であれば、髭を嫌悪する文化は生まれなかっただろう。

2についてはどうだろうか。

髭=男らしさ、という考えは世界的に当たり前の認識のような気がする。

髭が権威の象徴であった時代は長いし、たぶん今でもそう。
髭をたくわえた男には少なからず威厳を感じるものだ。

髭が生えていて、声の低い男に安心感を覚える、という女性は少なくない。
また、そうした落ち着きが信頼感につながり、安定した人間関係を築くきっかけにもなる。

海外でDad(お父さん)と言えば、たいてい髭を生やした(そして、少し腹の出た)男がイメージとして最初に浮かぶようだし、髭が男の象徴なのは、日常的にごく普通のありふれた認識と考えて間違いないと言える。

しかし、日本でのお父さん(Dad)はたいていスーツを着たサラリーマンではなかろうか。
当然、髭なんか生やしていない。
男の代表と言ってもいい、父親という立場。
その父親に髭を生やす習慣がなければ、やはり、髭=男らしさ、という等式はとうてい生まれないに決まっている。
むしろ、そのテンプレな考えは時代遅れとさえ思われているかもしれない。

3も上記の理由とほぼ同じであろう。

外国人にとって男の髭は当たり前のもの。
嫌悪する理由がないのだ。
髭をわざわざ嫌う必要がないのだ。

日本では、「日本人に髭が似合わない、視覚的に嫌悪感すら覚える」と大多数が思っている。意識的、無意識的に関わらずだ。
もはや偏見の塊のような言い分だが、これが事実として罷り通っている。
だから、髭の存在は、国の文化レベルで許されていない。

4の宗教的な理由に関しては、国ごとにさまざまだろうから、詳しいことは書けないが、「人は神様の作ったものだから、むやみに変えてはならない」という考えが根底にあるように思う。

宗教的においても、外国人が髭を生やすの当たり前なのである。

しかし、日本においては宗教自体が希薄だ。

仏教系の伝統が存在している分野もあるが、個人的に仏教を信仰している人はほとんどいないだろう。

仏壇や墓があったとしてもそれは昔の遺産を受け継いだに過ぎないのであって、仏教そのものが影響しているわけではない。

現代の日本人の髭嫌いに宗教はまったく関係ないと言える。

外国人の髭、日本人の髭

髭外国人

正直、髭を自由に生やせる環境がうらやましい。
いや、「髭の似合う顔」が、か…。

と、大半の日本人が思っているはずだ。

毎日髭処理にかける労力は、とてつもなく半端ない。

髭を剃らなくてもOKになれば、おそらく誰も剃らないだろう。

髭剃り自体が好きな人も中にいるが、きっと髭を剃らねばならない現実に適応せざるを得なかった結果、髭剃りが好きだと思い込むことにしたに違いない。

そもそも、生えてこなければ、それでいいのである。
髭が似合うとか似合わないとかいう話にもならない。

ヒゲ脱毛を始める日本人男性が増えたのにも納得がいく。

そろそろ、髭の生えない人種が生まれてきてもおかしくないだろう。

髭が前時代的の名残のようなイメージを持つのは、我々が日本人だからではなく、人のDNAに刻まれた歴史がそうさせるのかもしれない。

とは言え、外国人の生やす髭はもじゃもじゃ過ぎて、邪魔なんじゃないか?
と思うこともある。

いくら髭がOKなお国柄としても、邪魔なものは邪魔なはずである。

髭を生やす外国人の「なぜ?」について、私が気になったことを書き留めていこうと思う。